株式会社クロス 代表取締役 得平 司
私はコンサルタントの仕事は23歳から行っているので、コンサルタント歴はもう35年にもなります。私がとても幸運だったのは、成瀬義一先生の弟子になれたことです。成瀬先生からコンサルタントの基本を教えて頂きました。コンサルティング技術の部分も大きいですが、それよりもコンサルタントとしての心構えや商人としての理念を教えてもらえたのが大きいと感じています。
成瀬先生は日本でコンサルタントという言葉がなく、商業指導家と呼ばれていたころから数多くの商店の指導を行っており、私が弟子入りした時にはもう70歳を超えていました。成瀬先生は戦前から商業者の指導を行っていましたが、日本の敗戦後は雑誌「商業界」の創刊に関わり、商業を通して戦後の復興に貢献してきました。日本の戦後は物資が不足して物の値段が上がり、多くの国民が不自由を強いられていました。この時期には商業者の道徳も荒廃し、戦後の混乱に乗じて儲けのことだけしか考えない商業者が多くいたのです。
このような商業者の道徳の荒廃を危惧して新しい商業運動を始めたのが商業界です。商業界は倉本長治先生を中心に日本の商業者の精神の高揚と技術の向上を目指して作られたもので、雑誌「商業界」を創刊するとともに、主幹の倉本長治先生を中心に数名の商業指導家が集まり商業指導を行いました。成瀬義一先生も、創刊メンバーの一人として活躍されました。特に力を入れたのが、商業者に道徳を教え実行させることです。この活動から、現在、日本を代表するイオンやイトーヨーカドーという企業が育っていきました。
成瀬先生も全国を回り、商業者の道徳と具体的な行動について指導しました。私も成瀬先生に同行し地域の商業者指導を行いましたが、イオンや名古屋のユニー、滋賀県の平和堂といった企業はその後、急成長を遂げています。
商業界が行った商業者の道徳教育は商業十訓というものにまとめられています。その商業十訓をご紹介します。
一、損得より先に善悪を考えよう
二、創意を尊びつつ良い事は真似ろ
三、お客に有利な商いを毎日続けよ
四、愛と真実で適正利潤を確保せよ
五、欠損は社会の為にも不善と悟れ
六、お互いに知恵と力を合せて働け
七、店の発展を社会の幸福と信ぜよ
八、公正で公平な社会的活動を行え
九、文化のために経営を合理化せよ
十、正しく生きる商人に誇りを持て
商業界の商業十訓は、全国の商業者に広がり、大きな行動指針となりました。商業十訓が画期的なことは、「損得よりも先に善悪を考えよう」という言葉です。この言葉は、商業を行う上で、損得よりも道徳の基準である善悪を優先させなければならないこと説いています。
アメリカのハーバード大学の教授であるマイケル・サンデルも、「正義とは何か」と言うことを常に聴講者に問いかけています。例えば、東日本大震災が起きた時に、被災地では生活に必要な物資がほとんど手に入りませんでした。この時期に商業者は便乗値上げをすれば大儲けできたはずですが、日本では多くの商業者はそのようなことをせず、場合によっては無償で困っている人々に商品を提供したのです。マイケル・サンデルは、このような事が世界各国でも起きるかどうかを問いかけました。
商業の本来の目的は最大収益を上げることであり、このような便乗値上げを行い利益を上げることは当然の行為とも言えます。しかし、商業界の思想が行き届いている日本の商業者は、やはり損得よりもまず善悪を判断の基準としました。特に、震災の起きた東北地方ではこのような傾向が強くあります。
商業者は自らが物を生産しないし消費もしないということは、消費者にとっての正義を優先させていくのが成長の道であることを知っているのです。成瀬義一先生から教えていただいたことは、「企業が成長していくためには、企業道徳の厳守と定着」であり、商業道徳はあらゆる商業活動の基本であるということです。